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棚原安子(たなはら・やすこ)の経歴・息子(子供)は?評判も【山田西リトルウルフ指導者】

棚原安子さんをご存知だろうか。名前を聞いてもピンとこない方多いと思います。大阪の少年野球チームのおばちゃん」と親しまれている方で、何度かテレビなどで取り上げられています御年82歳。元気でパワフルな棚原さんの経歴、評判、お子さんについて調べてきました。

目次

棚原安子(たなはら・やすこ)の経歴・プロフィールがこちら!

1940年大阪生まれ。ソフトボールの実業団で活躍していました。1972年大阪・吹田市で夫と少年野球チーム「山田西リトルウルフ」を立ち上げます。”群れをつくり助け合うオオカミのように”という思いから名づけられました。

立ち上げて50年教えた子供たちは1200人以上、指導者はOB OGやその保護者がほとんどだといいます。卒業生にはT-岡田選手もいます。小学1年生で入団すると身の回りのことは「自分のことは自分で」と教えられます。『ユニフォームは自分で洗う』『お茶は自分で沸かしたものを持ってくる』など、そういった教育方針はどういったところからきたのでしょう。

それは育った環境だといいます。家計を支えたのは母親で、小さなころから家事で鍛えられてきたという棚原さん。12歳の時『自分が自立したことはっきりと自覚しました』と話しています。その経験から『12歳までに生きる基礎をつける』という教育方針が確立されました。野球を通して「社会で生きぬく力」を身につけ、育っていく。”おばちゃんの原動力”は子どもたちの成長から元気をもらっているそうです。

棚原安子(たなはら・やすこ)の評判は?

子供たちだけではなく、保護者のよき相談相手にもなっています。野球に関係ないことでも(”家で子どもが言うことを聞かない” ”登校拒否している” ”ゲームがやめられない”など)今までの経験や知識などをふまえて、アドバイスをしているといいます。このことが口コミで広がり、今では生活態度が悪いのでウルフに入れます』『ウルフに入れたら家の手伝いをするようになりました』といった保護者もいるそうです。すごいですね。伝え方がうまいのでしょうね。保護者にとって気持ちを理解し、的確なアドバイスする棚原さんの存在が大きな拠り所となっているのではないでしょうか。

”おばちゃん”は子どもたちからだけではなく、指導者など大人からも”おばちゃん”と呼ばれています。チームでは最年長の棚原さん。監督でなければ、指導者でもない”おばちゃん”という稀有な存在。子どもたちの勧誘やグラウンドに立ちバット片手にノックを打っています。

そして驚きなのが「会費」月1000円です。(1~2年生は500円)それ以外に子供たちは団地で新聞紙の古回収のアルバイトをしているそうです。遠征費などこの2つで賄っています。ここでも「自分のことは自分で」が活かされていますね。子どもたちにとっていい経験になっています。棚原さんの教育方針と、方針に賛同する保護者のもと50年もの間続けられているのですね。

棚原安子(たなはら・やすこ)の息子(子供)に関する情報は?

お子さんは5人います。5人全員が「リトルウルフ」で野球をして、礼儀と自立心を身につけました。現在、三男の徹さんはチームの総監督をしています。母親の安子さんから『子どもは手をかけるのではなく、手間をかけて育てるんや』と教えられたといいチームのことは『野球チームという感じではなく、学校みたい』と例えています。

卒業していった子どもたちも、1期生は60代になるそうです。大人になっても棚原さんからしたら、当時の「子ども」のままでしょうか。1200人以上の子どもたちに囲まれた人生、まだまだ増えそうですね。このまま元気に続けてもらいたいです。


まとめ

いかがでしたか。少年野球チームの”おばちゃん”こと棚原安子さんについて調べました。自らの経験から独自の教育方針をかがげ、50年という月日のもと続け、チームに所属する子どもたちが羨ましいと思います。そして自分が子どものころこういった大人が身近にいなかったのが悔やまれます

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